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2019年12月31日

2019年の出来事。

どうも、火神俊哉です。
2019年、終わりますね。2020年、始まりますね。
日想とは名ばかりの放置気味ブログではありますが、
とりあえず今年一年、何があったかぐらいは書いときましょう。

楽しかったことはもうエントリーがありますので、
まぁ、苦しかったというか、何があったかだけ2項目。

その1、親父が倒れました。

事を追って記していくと膨大な話になりかけたので大枠だけ記しますが、
6月頃に謎の筋肉痛を全身に発症し、
医者に診せてもよくわからないという中日に日に衰えていく親父。
親父の仕事を一旦引き継ぎ、病院のたらい回しを2ヶ月くらいした結果、
「リウマチ性多発筋痛症」という難病一歩手前くらい珍しい病気と診断されました。

で、ステロイド治療するためにまた病院の検査を何度も繰り返してるうちに、
その治療の邪魔になる肺がんが発見され、即刻入院。
ステージが付くか付かないかレベルの早期発見で、
抗がん剤でも放射線治療でもなく、手術で取り除いた方が早いとのことで手術。

そしてわずか5日で退院。

病気が見つからないときは「現代の医療の沽券に関わるレベルで大丈夫か」と思いましたが、
見つかって対処してしまえば「現代の医療すげぇぇ」と思いました。

まぁ、今もステロイド治療中だし、
この先5年は経過観察が必要なのですが、
リハビリと称してスポーツクラブに通い始め、
引き継いだ仕事も大半は親父に戻し、なんとかなったなという感あります。

で、ちょうど退院してちょっと治療が始まった頃。


その2、祖母が亡くなりました。

母方の祖母ですが、まぁ数年前からさすがに衰えは隠せなくなってて、
歩くのも大変ながら、老人ホームに入らずデイサービス通いしてたんですが、
転倒して起き上がれなくなったかなんかで入院。
母はとにかく心配してましたが親父の入院とも重なってあまり手を貸せず。

11月末に老衰で死去。89歳でしたかね。

死ぬ前に一応見舞いという体で様子を見に行きましたが、
いわゆる重篤とか危篤状態の人が入る病室みたいなところで、
恐ろしいほどの機械に繋がれて、
意思の疎通もできない状態の祖母の姿はさすがにこたえました。

それでも、病気では無く老衰だし、
大往生だったんじゃないかと思いました。

ただ、むしろ亡くなってからがこの件は酷くて。

祖母は伯父と同居してたのですが、この人とにかく曲者で、見栄のために金を使うタイプ。
そのため大きな家を持ってるのに中身はゴミ屋敷。
祖母はもちろん高齢ですし、伯父は掃除できないタイプ。そして嫁である伯母は別居中。
なので葬儀は最小限の規模に抑え、
大きな家の居間を駆使して食事などしようという形になり、
別居中の伯母と母、妹を名古屋から呼びつけ2日に渡る大掃除。
親父はもちろん病気療養中にて動けないし、伯父も葬儀の手配で不在。

お、男手ぇぇぇ…(所詮使い倒される社会の底辺)

また母と伯父は遠慮無く口げんかするし、伯母と伯父も丁々発止の口げんか。
その間ワシはこの大掃除の作業、親父の様子を注視しつつ、
たまたまスケジュールがかち合って無視できなかった外向含む職場と、
こういうときに何やらかすか全く想像もできない上司の動向にも気を配りながら、
自宅と葬儀場、祖母の家を行ったり来たり。

満中陰の法要が終わって一息ついたときの安堵感マジパねぇでした。
なんかいろんな意味で、悲しんでる要素がホントに少なくてホント祖母に申し訳ない。

投稿者 火神俊哉 : 22:18 | コメント (0)